「お金を使う練習」を始めた話:VYM分配金19万円が変えてくれたこと
2024年の12月に、「VYMの分配金は好きに使っていい」と決めた。
そのとき入ってきた分配金は税引後で約19万円。
ちょうど子どもの受験の時期で、冬季講習代に使ったような気がする。費用は確か20万円ほどだった。いつもなら「まとまった出費だな」と感じるところを、そのとき妙に心置きなく払えた。分配金が入ってきていたからだと思う。
ひとつ後悔しているのは、何に使ったかをきちんと記録していなかったこと。「何となく使った」では練習にならない。2025年以降は分配金の使い道をちゃんと記録するようにした。記録することで、使った充実感も増す気がしている。
VYMを買い始めた理由は、なんとなくだった
VYMを最初に買ったのは2019年。理由は、なんとなく分配金が欲しかったから。あくまでなんとなく。
VYMはバンガード社が運用する米国の高配当株ETFで、配当利回りの高い銘柄を広く集めたものだ。年4回分配金が入ってきて、銘柄数は400以上。個別株ではないので分散が効いている。それだけ知っていれば十分だった。深く考えていなかった。
当時の記録を見ると「1,200万円くらいまで買っていきたい」と書いてある。なぜその金額なのか、根拠はない。なんとなくそのくらいだと思っていた。
買い方は毎月積み立てではなく、スポットで買っていた。他の投資信託を売却したタイミングで購入する、というやり方だ。海外ETFなので円をドルに換えて買う手間もある。大きく買い増ししたのはコロナショックのときで、下落した局面でまとめて購入した。最終的に取得金額で2,000万円ほどになった。
途中、「オルカンのほうが効率的じゃないか」と思った時期もある。米国ETFは分配金のたびに外国税がかかる。再投資するにしても余計な税金が発生する。純粋なリターンで比べればオルカン1本のほうが合理的だ、というのは頭でわかっていた。
ただ、分配金の再投資を続けていくうちに、昔の数ヶ月分の積立額を分配金だけで超える瞬間が来た。「分配金だけで、昔数ヶ月かけて積み立てていた額が入ってくる」。数字でわかってはいたが、実際にそうなると不思議な感覚があった。目に見えるお金には、数字だけでは説明できない何かがある。
2024年、ひとつの壁にぶつかった
2024年の1月時点で、投資資産が5000万円を超えていた。
そのとき頭の中に、ふたつの声があった。
ひとつは「このまま1億まで伸ばしたい」。もうひとつは「伸ばしまくって、それでどうするんだ」。
1億円というのは、投資をしている人間なら誰でも意識する数字だと思う。通過点でもあり、ひとつの到達点でもある。意識しない人はいないだろう。自分も当然そこを目指していた。
ただ5000万円を超えてきたあたりから、違う計算が頭の中で動き始めた。自分の年齢から残りの人生を逆算すると、年金の受給額や子どもの教育費がある程度見えてくる。収支をざっくり計算すると、理論上は「資産がほぼ減らないライン」が見えてきた。
減らないなら、使えるということでもある。
500万のときと1000万のときと、生活水準はほとんど変わっていない。5000万になっても、それは同じだった。数字は増えているのに、生活が潤っている感じがまったくしない。豊かになっているはずなのに、豊かさを感じていない。
このまま増やし続けることに、どういう意味があるのか。その問いが、頭から離れなくなった。
Die with Zeroを読んだのは2022〜2023年頃
ちょうどその頃、『Die with Zero』という本を読んでいた。なんとなく知っていて、なんとなく手に取った本だった。
内容をひと言でいえば「お金は死ぬまでに使い切れ」だ。
読んでいて刺さった文がある。
「死ぬときに、もっと仕事をしておけばよかったと思って死ぬ人間はいない」
これが妙に心に残った。仕事を仕事に置き換えてもいいし、貯金に置き換えてもいい。死ぬときに「もっと貯めておけばよかった」と思って死ぬ人間は、たぶんいない。
資産がある程度積み上がった状態でこの本に出会ったのは、タイミングとしてよかったと思う。「お金を何のために貯めているのか」という問いが、より具体的に刺さった。500万のときに読んでいたら、また違う感想だったかもしれない。
ただ読んだ直後に何かが変わったわけではない。じゃあ明日から使おう、とはならなかった。
でも頭の片隅で、ずっとくすぶっていた。「いつかこれを解決しないといけない」という感情が、消えずに残っていた。それが2024年に動き出すことになる。
取り崩しが、ほんとうに難しい
インデックス投資をしている人間にとって、取り崩しは難しい。いや、ほんとうに難しい。
理論はわかる。4%ルールも知っているし、シミュレーションも何度もやった。「資産の4%ずつ取り崩せば30年持つ」、その計算は頭に入っている。
でも実際に取り崩したことは一度もない。シミュレーションしただけで手が止まる理由がいくつもある。
まず税金だ。NISA口座以外の資産を売ると、利益に対して約20%の税金がかかる。長年積み上げてきた含み益が大きければ大きいほど、売ったときの税負担も重くなる。シミュレーションするだけで、資産へのインパクトの大きさに気が重くなる。
次に暴落リスクだ。取り崩しを始めた時期に暴落が来たら、自分は耐えられるのか。積み立て中の暴落なら「買い増しのチャンス」と思える。でも取り崩し中に暴落が来たら、追加投資はできない(できる余力がない)。安くなっても買えない、資産は減っていく。その状況を想像するだけで、慎重にならざるを得ない。
資産を「減らしてはいけないもの」として扱ってきた時間が長すぎた。使うという行為が、どこか怖い。
40代!でこれができる人間は本当にいるのか、と思う。
VYMの分配金が、折り合いをつけてくれた
1億円を目指したい欲と、使わないと意味がないという気持ちが、頭の中でずっとぶつかっていた。
そこで気づいた。2019年からコツコツ積み上げてきたVYMの分配金が、ここで機能するんじゃないか、と。
ただしこれも、ある日突然思いついたわけではない。分配金を再投資し続けながら、「これ、使ってもいいんじゃないか」という気持ちが徐々に育ってきた。気づきは早かったが、実行に移すまでには時間がかかった。
なぜなら、分配金も再投資すれば増える。使うということは、増えるはずだったお金を手放すことでもある。最初の1回は抵抗があった。「もったいない」という感覚と、「いや、これが目的だったんじゃないか」という感覚が、しばらくせめぎ合っていた。
でも分配金は、自分で売るわけじゃない。勝手に入ってくる。
だから「資産を削った」という感覚とは少し違う。強制的に取り出されたお金、という感じに近い。取り崩しが心情的にできない自分でも、これなら使える気がした。
取り崩しが苦手でも、入ってきたお金を使うことはできる。そのふたつは全然違う話だった。
2024年12月から「お金を使う練習」を始めた
12月に入った分配金は、税引後で約19万円だった。
そこから「VYMの分配金は自由に使っていい」と決めた。好きなものに使っていい、家族のために使っていい、何も考えずに使っていい。ルールはそれだけ。
自分の中でこれを「お金を使う練習」と呼んでいる。
この決断は、勢いで決めたわけではない。自分の場合、重要なことは時間をかけてじっくり決めるほうが失敗が少ない。VYMをどう使うかも、2024年を通してゆっくり考えてきた。だから決めたときには、すでに迷いはなかった。
やってみてわかったこと
使ってみると、思っていたより罪悪感がなかった。
ただ、使った金額の累計を見るときに「おぉっ」と思うことはある。これまで分配金で使ってきた金額は累計で100万円ほどになる。これを再投資していたら、資産にもっと乗っていたのは間違いない。そう考える瞬間はある。
でも将来から振り返ったとき、絶対に使っておいてよかったと思うだろう。40代のうちに使ったお金と、80代になってから使うお金では、同じ金額でも価値が違う。それはDie with Zeroが教えてくれたことでもある。
もうひとつ気づいたのは、家計管理が楽になったことだ。分配金は「自由に使っていいお金」と決めてあるので、何に使うかを考えること自体が楽しい。最悪、使い道が思いつかなければ生活費に回せばいい。そう思うと気が楽で、家計的にもいいことしかない。
資産はその後、全体として1億を超えた。ただ、だからといって「もういい」とはならない。もっと増やしたい気持ちはある。それはオルカンの積立が担っている。その一方でVYMの分配金は、毎年使うと決めた。
増やすことと使うことを、両方同時にやる。そのバランスが、今の自分にはちょうど合っている。取り崩しをどう設計するかは新NISA出口戦略にもまとめている。
投資は自己責任でお願いします。この記事は特定の金融商品を推奨するものではありません。