インデックス投資を20年続けた結果【前編】:最初の4年半、一度もプラスにならなかった

「積立を始めたけど、全然増えない」

よく聞く言葉です。そして、その通りだと思います。

自分の記録を見返すと、最初の4年半、一度もプラスになりませんでした。2008年7月から2012年12月まで、54ヶ月連続でマイナスです。

そんなことできるん。

途中でリーマンショックが来て、資産はマイナス40.48パーセントまで落ちました。359万円を投資して、145万円のマイナスの計算です。

これが、自分の20年の始まりでした。

前編では、投資を始めたきっかけから、この「増えない4年半」までを書きます。

この記事の目次

  1. きっかけは銀行窓口だった
  2. そこで「投資」という方法があることを知った
  3. 記録が残っている2008年、すでにマイナスだった
  4. リーマンショックの年、ラスベガスに行った
  5. 2009年から、投資計画書を作り始めた
  6. 2011年、もう少しでプラス、からの逆戻り
  7. この時期に「為替は読めない」と確信した
  8. 4年半、マイナスのまま積み立て続けた

きっかけは銀行窓口だった

20年前、結婚しました。

いただいたご祝儀を銀行に預けに行ったとき、窓口の人に声をかけられました。「せっかくですから、こちらの投資商品はいかがでしょう」という感じで投資信託を勧められて、説明を聞いていると悪くなさそうに聞こえた。正直、その場で口座開設の手続きを進めてました。

でも「一応、自分でも調べてみよう」と思って、その日は帰ることにしたんです。これがわりと人生の分岐点だったと今でも思います。

帰って調べてみると、手数料がとにかく高い。当時の商品名は、七つの卵みたいな名前だったと思います。名前はかわいいんですが、今から考えると信じられないぐらいの、購入手数料・信託報酬だったと思います。

なんとなく当時の私でも「これは違う」とわかりました。

ちなみに現在も「GW七つの卵」という投信があるので、これだと思います。信託報酬手数料は年1.98パーセントと、かなりのクソ商品ですね。もし買っている人がいたら申し訳ないですが。

翌日、口座開設は断りました。


そこで「投資」という方法があることを知った

ただ、その一件で気づいてしまったんです。

「投資という方法があるんだ」

それまでは銀行の預金しか頭になかった。「お金を預けておく」以外の選択肢があることを、20代で初めて知りました。

楽天証券かイートレード証券(現SBI証券)で口座を開設して、投資信託について調べ始めました。当時はまだネット証券が普及し始めた頃で、情報もそこまで多くなかったと思います。

調べていくうちに出会ったのがインデックス投資という考え方でした。

当時、インデックス投資について書いているブログがいくつかあって、本当にお世話になりました。長期・積立・分散という原則。すっと腑に落ちた、とまで言えるかは正直忘れましたが、個別株よりは全然良さそうやなという感覚はありました。

なにより、指数に連動させるという発想が「なるほど」と思ったんです。どの会社が伸びるかを当てにいくのではなく、市場そのものに乗る。そういうやり方があるのか、と。

「これだ」

そう思って、先進国と新興国に分散した投資信託を少しずつ買い始めました。当時はオールカントリーみたいな便利な商品はなかったので、いくつかの投信を組み合わせてポートフォリオを作っていました。毎月の積立と、ある程度まとまった金額を、生活口座とは完全に別の口座に入れていく、というやり方です。

最初の1年ぐらいで、投資金額は300万円いかないぐらいだったと思います。これは結婚式のご祝儀があったので、それをぶち込んだ記憶がありますね。


記録が残っている2008年、すでにマイナスだった

投資を始めたのは2007年ごろだったと思います。ただ当時はきちんと記録をつけていなかったので、手元に残っている数字は2008年7月からになります。

その2008年7月時点の損益率がマイナス4.53パーセント。リーマンショックが起きる前から、すでにマイナスでした。

当時の記録を振り返ると、こんな感じです。

投資総額資産総額損益率
2008年7月2,589,000円2,471,736円マイナス4.53%
2008年8月2,611,080円2,485,470円マイナス4.81%
2008年9月2,867,618円2,525,977円マイナス11.91%
2008年10月3,124,157円2,566,484円マイナス17.85%
2008年11月3,369,000円2,257,584円マイナス32.98%
2008年12月3,421,000円2,182,855円マイナス36.19%

9月にリーマン・ブラザーズが破綻して、そこから一気に損益率が悪化しています。12月時点では投資総額342万円に対して、資産価値は218万円。含み損が約124万円という状況でした。

そして翌年、2009年2月にマイナス40.48パーセントまで落ちます。ここが底でした。

数字で見るとなかなかキツいですが、正直そこまで動揺しなかったように思います。

理由は単純で、生活口座と完全に分けていたからだと思います。証券口座の数字がどれだけマイナスになっても、給料は普通に入ってくるし、毎月の生活には何も影響がない。「投資の口座がマイナスになっている」という認識で、自分の生活が揺らぐ感覚はありませんでした。

ただ、こんだけマイナスやったらいろんな物が買えたのに、とは思っていました。

「こんなもんか」

という感じで、積立はそのまま続けました。表を見るとわかるんですが、資産が減っていく中でも毎月投資総額は増えています。損益率がマイナス36パーセントになっている月でも、ちゃんと積立を続けていた。

むしろ同じ金額でより多くの口数が買えるわけで、下落局面は悪いことばかりでもない、というのは頭ではわかっていました。実際にそれが数字として見えてくるのは、もっとずっと後の話ですが。

なお、当時のポートフォリオは今から見るとひどいものでした。15銘柄に散らかして、ロシアやアラブのファンドまで持っていた。その全記録は投資初期のポートフォリオを晒すに書いています。

ちなみに投資のタイミングとしては、かなりの失敗例です。

2008年2月に、ご祝儀を元手に170万円をまとめて投入しています。それまでコツコツ買っていた自分にとっては、初めてのまとまった金額でした。その7ヶ月後に、リーマン・ブラザーズが破綻します。

一発目に大きな金額を入れて、そのまま暴落を喰らう。 教科書に載せたいくらいの失敗パターンです。

ただ、先に結論を言っておくと、これでも別に大丈夫でした。20年経った今、資産は当時とは比べものになりません。

「まとまったお金を一括で入れるのが怖い」という人は多いと思います。実際にその最悪ケースを踏んだ人間として言えるのは、タイミングを外しても、続けていれば回収できるということです。もちろん、それには時間がかかりますが。


リーマンショックの年、ラスベガスに行った

リーマンショックのあった2008年、会社の研修でアメリカに行くことになりました。

行き先がラスベガスでした。

世界的な金融危機の真っ最中にラスベガスって、どんな状況なんやろと思いながら行ったんですが、全然そんな雰囲気じゃなかった。カジノは普通に賑やかだし、街は明るいし、人は普通に笑って遊んでいる。「リーマンショックの最中とは思えない」という感じでした。

あれを見て、なんとなく確信しました。

資本主義は死なない。

どんな暴落が来ても人は経済活動をやめないし、企業は利益を追い続ける。株式市場は一時的にはボロボロになっても、長い目で見れば戻ってくる。ラスベガスの街が、それを体感させてくれた気がします。

この確信は、その後もずっと自分の投資の軸になりました。


2009年から、投資計画書を作り始めた

2008年は、とにかく突っ込みました。ご祝儀という原資があったので、入れられるだけ入れようという感覚です。年間で350万円ほど投資しています。

ただ、そのあたりで気づきました。これはもっと計画的にやるやつやな、と。

反省したというより、家計簿をつけていたおかげです。毎月の収支を記録していると、資産全体の流れが逆算的に見えてくる。「年間でこれくらいなら投資に回せるな」という数字が、自分でわかるようになったんです。

そこで2009年から、投資計画書を作り始めました。今も毎年作っています。

当時よく言われていたのが「投資は余剰資金でやれ」という言葉でした。生活費に手をつけずに、余った分でやる。今でいう生活防衛資金の考え方です。それも踏まえて、投資と貯金の両方に振り分ける設計にしました。

その結果が、この数字です。

年間投資額当時の気分
2008350万円全然増えへんやんけ
2009116万円びっくりするぐらいマイナスやけど、もう慣れた
201075万円はいはい、いつもマイナス、積立積立
2011〜2014各36万円(月3万)もっと投資額増やしたいな、でも貯金も必要

特に2011年からの「増やしたいけど、貯金も必要」という感覚が、月3万円という額に落ち着いた理由です。投資に全振りするでもなく、貯金だけするでもなく。この配分を毎年考えるようになったのが、投資計画書でした。

暴落で怖くなって減らしたわけではありません。貯金とのバランスを取った結果です。実際この額は4年間まったくブレていません。計画通りに実行できていた証拠だと思います。


2011年、もう少しでプラス、からの逆戻り

2009年の底を打ってから、相場は少しずつ戻していきました。

2011年3月にはマイナス3.16パーセント。あと少しでプラスです。3年近くかかって、ようやくトンネルの出口が見えてきました。

ところが、そこからまた下がります。

時点損益率
2011年3月マイナス3.16%
2011年6月マイナス5.67%
2011年8月マイナス9.45%
2011年9月マイナス16.88%
2011年10月マイナス21.79%

もう少しでプラス、というところから、また2割のマイナスに逆戻りです。

ただ、これがしんどかったかというと、実はそうでもありません。この頃はいつもマイナスだったので、感覚が変わらないんです。「まあ、そのうちプラスになるんやろうな」と漠然と思っていた程度でした。

それより強く思っていたのは、もっと投資資金があればいいのになということです。今思えば、このあたりで入金力の重要性にうすうす勘付きはじめていました。


この時期に「為替は読めない」と確信した

2011年は東日本大震災があり、その後は歴史的な円高が進みました。1ドル75円台という水準です。

自分は記録に毎月の為替レートを必ず入れています。だから数字を見ていると、外国株中心の自分の資産が、為替でどれだけ動かされているかが見えてくる。現地の株価が戻っても、円換算では目減りする。そういうことが実際に起きていました。

知識としては「為替は読めない」と知っていました。でもこの時期に、実感として「読めねー」と体で理解したんです。

これは今でも続く、確固たる自信になっています。為替は読めない。 だから予想しないし、為替を理由に売買もしません。

ただ、読めないことと、気にしないことは別です。

円高なら「安く買えるな」と思うし、円安なら「時価が上がって嬉しいな」と思う。人間なので。そして円高かつ株安のときは、これは買い増しのチャンスやなと感じます

予想はしない。でも、来たものは利用する。そういう距離感に落ち着きました。


4年半、マイナスのまま積み立て続けた

結局、損益率がプラスに転じたのは2013年1月でした。

2008年7月から2012年12月まで、54ヶ月連続でマイナス。4年半です。

その間、投資総額は258万円から616万円まで増えています。つまり4年半かけて、360万円近くを、増えないものに投じ続けたわけです。

数字だけ見ると、正気を疑う行動に見えるかもしれません。

でも当時は、そういうものだと思っていました。そもそも短期で増えるとは思っていなかったんです。インデックス投資のブログを読んで納得したのは、長期・積立・分散という原則でした。長期というのは、こういうことなんやろうなという感覚でやっていました。

そして4年半のあいだに、いくつか自分の軸ができました。

  • 資本主義は死なない(2008年・ラスベガス)
  • 投資は計画的にやるもの(2009年・投資計画書)
  • 為替は読めない(2011年・円高)
  • 入金力が効いてくる(このあたりからうすうす勘付きはじめた)

増えなかった4年半は、何も起きなかった4年半ではありませんでした。 資産は増えていないけれど、続けるための考え方はこの時期に固まっています。

つみたていぬ

最初の4年半、ずっとマイナス。
でも、そのあいだも買い続けてたんだね。


中編へ続きます

2013年1月、ついに損益率がプラスに転じます。マイナス1.77パーセントから、プラス5.69パーセントへ。

リーマンショックから、5年かかりました。

中編では、その底打ちからアベノミクスまで、ようやく報われ始めた時期を書きます。

なお、あの時投資信託を勧めてくれた地方銀行のおねーちゃん、ありがとう。口座は開設しませんでしたが、ここから投資人生がスタートしましたよ

インデックス投資を20年続けた結果【中編】


投資は自己責任でお願いします。この記事は特定の金融商品を推奨するものではありません。

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