インデックス投資を20年続けた結果【後編】:コロナショックと、複利が本当に効いてきた話
中編の最後に、こう書きました。
「この暴落を境に、資産はここからさらに、加速度的に増えていく」と。
その”暴落”が、2020年のコロナショックです。
後編では、このコロナから現在までの、20年の総決算を書きます。資産が本当に加速したこと。複利が、いかに後半になって効いてくるか。そして——20年やって分かった、投資でいちばん大事なのは「暴落で勇気を出すこと」ではなかった、という話です。
この記事の目次
また暴落が来た
2020年、コロナショックが来ました。
前編のリーマンショック、そのあとの東日本大震災、チャイナショックに米中貿易摩擦。ここまで20年近く、暴落と名のつくものは一通り経験してきました。だから、コロナが来たときの第一声は、こうでした。
「お、また来たか」
8割は、「チャンスや」。株価が下がるということは、同じ金額でたくさん買えるということ。リーマンのときに「あの下落を、やめずに握っていたら報われた」という成功体験があったので、今回は下がる画面を見ながら「待ってました」と思っていました。
でも、残り2割は、こうです。「……いや、あの高値のときに利益確定しておけば、400万円も減らさずに済んだんちゃうか」。
これが、人間の正直なところです。頭では「タイミングは計れない」とわかっている。20年やってきて、嫌というほどわかっている。それでも、相場が極端に下がる場面では、今でもつい「あのとき売っておけば」と思ってしまう。ついつい、自分にはタイミングが読める気がしてしまうんですよね。読めないのに。
| 2020年 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 |
|---|---|---|---|---|
| 損益率 | +90.13% | +74.98% | +50.69% | +60.24% |
そして、この暴落でいちばん精神的に楽だったのは——それでも、まだ大きくプラスだったことです。上の表のとおり、コロナで急落したといっても、損益率は2月のプラス90パーセントから4月のプラス50パーセントに落ちただけ。下がってもなお、プラス50パーセント以上なんです。
はじめた頃は、54ヶ月連続でマイナスでした。それに比べたら、どうでしょう。
「いやいや、まだプラスやん。全然マイナスちゃうやん。これはいけるな」
暴落の渦中でこう思えたのは、間違いなく、あの報われなかった4年半を耐えた過去です。マイナスの底を知っている人間は、プラスからの下落くらいでは、そう簡単に折れないんです。
ただし、結果論ですけどね。
方針書どおり、買った
「チャンスや」と思ったら、あとは動くだけです。
実は前年の2019年、自分用の投資方針書に、ある言葉を書き写していました。投資の世界では有名な、ウォーレン・バフェットの格言です。
他の人が慎重な時は貪欲に仕掛けろ、そして他の人が貪欲なときは慎重にいけ
(原文は「他人が恐れているときにこそ貪欲であれ」。自分なりの言葉に崩して書いていました。)
コロナは、まさにその「他の人が慎重な時」でした。だから慌てて動いたのではなく、前もって決めていたことを、決めていたとおりに実行しただけです。持っていた日本債券を売り、その資金でVYMを買い増し、さらに追加の資金も投じました。
もっとも、そこはインデックス投資家として、少々色気も出しました。毎日ノートに値動きを書き、あろうことかレバレッジETFにまで手を出しています。この「あるまじき行動」の一部始終は、コロナショックで色気を出した話に、恥を忍んで全部書きました。
——と、ここまでが「やったこと」です。
でも、本当に大事なのは、こっちではありません。そもそも、なぜこんなふうに動けたのか。 次に、その正体を書きます。
コロナで買えたんじゃない。買える状態が、できていた
ここで、後編でいちばん大事な話をします。
なぜ、月3万円だった人間が、年400万円も投資できたのか。
答えは、シンプルです。投資に回すための現金を、前もって準備してあったからです。
生活防衛資金とは別に、「いつか投資に回す現金」を、平時からコツコツ積み上げていました。投資額は毎年かなり抑えめに計画しているので、たいてい計画よりお金が余る。それを株に変えず、現金のまま置いておいたんです。しかもコロナで支出が極端に減り、その現金はさらに厚くなっていました。
やることは単純です。平時に現金を積み上げる。暴落が来たら、その現金を投資に回す。 それだけ。
ただ、もっと根っこにある理由は、別にあります。
そもそも、なぜ厚めの現金を、思い切って株に振り替えられたのか。ダブルインカムで、自分のリスク許容度が大きく上がっていたからです。
中編で書いたとおり、妻がフルタイムで働けるようになっていました。収入の柱が2本になると、現金を厚く抱えておく必要が減る。片方が止まっても、もう片方がある。だったら、その分を株式に回してもいい。
「最悪、大きく下がっても——まあ、この2馬力なら、また再出発したらええだけや」
そう思えるようになっていたことが、いちばん大きかったと思います。
| 年 | 年間投資額 |
|---|---|
| 2019年 | 約102万円 |
| 2020年 | 280万円 |
| 2021年 | 460万円 |
| 2022年 | 440万円 |
こうして並べると、あることに気づきます。
コロナがチャンスだったのではありません。チャンスを掴める状態が、たまたま出来上がっていたんです。
振り返ると、こういう順番でした。
- 2007〜2012年:暴落を何度も食らって、「それでも投資は続けられる」と分かった
- 2013〜2019年:資産が増え、「早く市場にお金を置いた方が有利」だと肌でわかった
- 同じころ:抑えめの投資計画のおかげで、投資用の現金が積み上がっていた
- さらに:ダブルインカムになって、リスク許容度が上がった
- そこへ:コロナショックが来た
1〜4が、ちょうど全部そろったところに、5がやってきた。だから動けた。順番が逆だったら、たぶん何もできていません。
だから、20年やってきて、いちばん言いたいのはこれです。
「暴落が来たら買え」ではありません。「暴落が来ても買える家計を、平時に作っておけ」です。
投資の本には、たいてい「暴落はチャンス、勇気を出して買いましょう」と書いてあります。でも実際には、勇気では買えません。買えたのは、家計が整っていて、現金があって、ダブルインカムで、10年以上続けていて、暴落を経験済みだった——その全部が重なっていたからです。
後から振り返れば、方針書に書いたバフェットの「他人が恐れているときに貪欲であれ」も、恐れずに済む家計を、平時に作ってあったからこそ実行できただけなんですよね。
チャンスは、準備していた人のところにしか、来ません。
複利は、本当に後半に来た
中編の最後に、「暴落を境に、資産は加速度的に増えていく」と書きました。
実際、そのとおりになりました。
このシリーズを通して、自分は複利の話を3回しています。並べると、こうです。
- 前編:最初の十数年、複利なんて実感できなかった。増えるのは、自分が入れたお金ばかり
- 中編:1,000万、2,000万と超えたあたりで、ようやく「増え方が変わった」と感じ始めた
- そして後編:コロナのあと、複利は——本当に、はっきりと、後半になって効いてきました
どう変わったのか。以前は「入れた額が、じわじわ育つ」感覚でした。それがコロナ後は、「入れた額と関係なく、相場が資産をどんどん押し上げていく」感覚に変わった。中編では「ある月に何十万も増えていて驚いた」と書きましたが、その桁が、さらに一つ上がったんです。ある月には、自分が1年間で積み立てる額を、相場が数週間で動かしてしまう。資産が、自分の労働時間とは、別の速度で動き始めたんです。
追い風もありました。円安です。
コロナのころ、1ドルは107円ほどでした。それがその後、どんどん円安に振れていきます。自分の資産の大半は、米国株やVYMといったドル建て。円安になると、それだけで円で見た評価額は膨らみます。「株高+円安」の、ダブルの追い風で、資産の増えるスピードは、それまでとは明らかに一段違うステージに入りました。
20年の積立を、1枚のグラフにしてみると、この「後半集中」がはっきり見えます。
前半はほとんど横ばいに見えるくらい地味です。そして伸びのほとんどが、後半の数年に集中している。詳しくは20年の本物のグラフに置いていますが、あれを眺めるたびに思うんです。複利って、最後の最後に来るんやな、と。
だから、途中で「全然増えへんやん」とやめてしまうと、いちばんおいしいところを、まるごと逃すことになる。
前編で、54ヶ月マイナスに耐えていた自分に、いま一言だけ言えるとしたら——「そのまま続けとけ。増えるのは、ずっと後やぞ」。それだけです。
配当が育った
中編で、2019年にVYMという高配当ETFを、むしろ前のめりに買い始めた話を書きました。「含み益は幻、配当は本物の現金」——暴落慣れした自分に、これはいい、と手応えを感じた、あの一歩です。
あれから、数年。
その小さな一歩が、育ちました。いま、VYMの配当は、年間で60万円ほど。月にならすと、約5万円です。
自分は、何もしていません。ただ、持っているだけ。それでも年4回、口座に本物の現金が振り込まれてくる。中編で書いた「“数字が増えた”より、“お金が入ってきた”の方が実感が湧く」という感覚。それが、月5万円という形になって返ってきました。実際の金額や利回りの中身は、VYM分配金、年間60万円の実績にまとめています。
そしてこの配当が、思わぬ役割を果たしてくれています。「お金を使う練習」の相棒です。
中編で書いたとおり、自分には「増やすのは上手くなったのに、使うのがどうにも下手」という悩みがありました。何十万かの買い物ですら「投資に回したら…」と悩んでしまう、あの呪縛です。
配当は、その処方箋でした。自分の意志と関係なく、勝手に振り込まれる。売る決断もいらない。だから「使ってしまった」という罪悪感なしに、使える。この配当を「自由に使っていいお金」と決めてから、少しずつ、お金を使う練習ができるようになってきました(その顛末はお金を使う練習の話に)。
増やすフェーズを20年やってきて、ようやく、使うフェーズの入り口に立った。その最初の道具が、VYMの配当でした。
やらなくてよかったこと
正直に言えば、自分だって、短期でパッと儲けたい。それができれば苦労はしません。みんな、そうでしょう。
個別株も、半導体株も、やっぱり夢があるんですよね。「あの銘柄が10倍になった」と聞けば、目移りする。その気持ちは、痛いほどわかります。
でも、20年やってきて分かったのは、自分には、それが「できない」ということでした。
たとえば、個別株が2倍、3倍になったとします。理論上は、まだ持っていた方がいい。もしかしたら、10倍に化けるかもしれない。でも——2倍になったくらいで、もう売りたくてたまらなくなるんです。この含み益が消えたらどうしよう、と。含み益に、耐えられない。
逆も、そうです。ずっとマイナスだった商品が、ようやくプラスマイナスゼロに戻る。すると「もうマイナスにならんうちに、売ってしまお」と、つい手放してしまう。まだ伸びるかもしれないのに、です。(実際、これはやりました)
要するに自分は、大きく勝ち切ることも、じっと我慢することも、短期の売り買いでは、どうにも下手なんです。
だから、長期インデックスなんだと思います。
インデックスの積立は、そもそも「売り時」を判断しなくていい。ただ買って、持ち続けるだけ。売る・売らないで悩む余地がないから、この下手な自分でも続けられる。話題の半導体銘柄なんかを横目に「地味やなあ」と思ったこともあるけれど、地味で、よかった。派手なものは、どうせ自分の性格では、やり切れなかった。(こうした「やらなくていいこと」は別記事にもまとめています)
そして地味だったからこそ、暴落でも売らずに持ち続けられた。派手なことをやらなかったから、続けられた。続けられたから、複利が後半に来てくれた。
結局、地味に続けられたこと。それが、20年でいちばんの勝因でした。
これからは、使い方
20年、ひたすら「増やす」ことをやってきました。でも最近、意識が変わってきました。これからは、「どう使うか」を考えるフェーズだ、と。
先ほど書いたとおり、自分のやり方は単純です。平時は、毎月の積立を淡々と続けながら、それとは別に、余った現金をコツコツ貯めておく。そして暴落が来たら、その貯めた現金を、まとめて投資に回す。積立は止めず、そこにプラスして買い向かう——これが基本スタイルです。
コロナのとき貯めてあった待機資金(投資に回す予定の現金)は、2023年ごろにほぼ使い切りました。加えてその頃、貯金も1,300万円ほどあって「さすがに多すぎるかな」と感じたので、その一部も投資に回していきました。結果、今は貯金が800万円台。これが自分には心地いい水準です。
生活は安心できるし、いざというときにはすぐ使える。かといって、余りすぎて「投資に回しとけばよかった」と後悔することもない。“安心”と”余りすぎない”の、ちょうど真ん中が、今は800万円台なんです。
ただ、資産全体が大きくなってくると、この心地いい現金の量も、少しずつ増えていくと思います。今後は、1,000万円くらい持っておくのが、ちょうどよさそうかなと。要するにこれは、資産全体に対する現金と株式のバランスを、心地よく調整していく話なんですよね。
その現金があるから、使いたければ使えるし、暴落が来ればまた買い増せる。この「使うか、攻めるか、自分で選べる状態」そのものが、20年やってきたご褒美なのかもしれません。
とはいえ、何度も書いてきたとおり、自分は「使うのが下手」。だから、VYMの配当という”使う練習”から、少しずつ始めています。
そして、いざ本格的に資産を取り崩すとなると、今度は「何パーセントまで使っていいのか」という、出口の問題にぶつかります。「4パーセントルール」とかよく言われますが、これが調べてみると、思ったより奥が深い。この出口戦略は、4パーセントルールの正体やFIREに必要な4つの道具など、別のクラスタでじっくり考えているところです。
増やすだけが、投資じゃない。人生のどこかで、ちゃんと使う。20年かけて増やしてきたものを、これからは、家族と自分の人生のために、少しずつ使っていく。その準備を、いま始めているところです。
20年のまとめ
最後に、数字の話を、ひとつだけ。
2026年5月のある夜。口座を見たら——投資資産だけで、1億円を超えていました。
正直、嬉しかったです。長かった。
「ここまできたよ長期投資」
でも翌日も、いつもどおり、仕事に行きました。
昼ごはんは、自分で握ったおにぎりと、ゆで卵でした。
もし「どうやったら、そんなに増えたんですか」と聞かれたら。正直に答えると、特別なことは、何もしていません。
- 才能があったわけじゃない(個別株では、勝ち切れない性格です)
- タイミングが上手かったわけでもない(今でも「利確しとけば」と思います)
- ただ、やめなかった。そして、暴落が来ても買える準備だけは、しておいた
本当に、これだけなんです。
前編は、一度もプラスにならなかった4年半。中編は、複利をようやく体感した7年間。後編は、その複利が、本当に効いてきた数年間。
こうして振り返ると、いちばん大事だったのは、いちばん報われなかった前編でした。あの、増えない4年半をやめなかったから、後半の複利があった。種をまく時期は、いつだって地味なんです。
特別なことは、何もしてない。
ただ、20年やめなかっただけ。
この20年は、たまたま、うまくいっただけかもしれません。相場が良かった。円安も来た。運も、確かにありました。
でも、その運を受け取れたのは、市場に居続けたからです。途中で退場していたら、どんな幸運も、自分のものにはならなかった。
これからも、たぶん、地味に続けていきます。積み立てて、少しずつ使って、暴落が来たら、また買って。20年後、この続きを書けたら——そのときはもう、そこそこいい歳のはずですが、またこうやって、正直に書こうと思います。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
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